李 連杰(リー・リェンチェ、英語名:ジェット・リー)



生年月日: 1963年4月26日
中国遼寧省瀋陽市出身。

8歳から北京の業余体育学校で武術を学び、
1974年から1979年まで(途中の1977年欠場)5回連続で中国全国武術大会総合優勝を成し遂げる。
その卓越した身体能力を活かして映画界に進出し1982年に『少林寺』でデビューする。

映画『少林寺』は公開当時、「本物の中国武術」の映画として日本でも大ヒット。
日本からも少林寺拳法家たちが多数、参加した。
(少林寺拳法は中国武術ではない。)

その後は伸び悩む時期が続いたが、
1991年のツイ・ハーク監督作品
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』
の大ヒットでスターの座を確固たるものにした。

その後、正東製作有限公司を設立。
プロデュース業にも乗り出し成功を収める。

1998年には『リーサル・ウェポン4』の出演によってハリウッドデビューを果たし、
2000年の「ロミオ・マスト・ダイ」ではハリウッド作品で初の主演を飾った。

その後は「キス・オブ・ザ・ドラゴン」「ザ・ワン」「ブラック・ダイヤモンド」と全米ヒット作を連発しており、
ハリウッド、ヨーロッパ、香港、中国と活躍の場を広め、世界的な俳優となった。

1987年に一度結婚し二児をもうけたが、その後1990年に離婚。
1999年に女優のニナ・リーと再婚し、娘が誕生。
2004年、スマトラ沖地震に巻き込まれるも軽傷で済み、家族は無事に避難した。
2006年、同年公開された映画『SPIRIT』を最後に武術映画から引退すると公言。

リーのアクションは、基本的に得意としている北派少林拳である。
時として劇中において太極拳や八卦掌の技術を使用している。
武器術に関しては得意の少林長拳の技術である。
『ザ・ワン』では、柔として八卦掌、剛は形意拳で表している場面が見受けられる点は興味深い。

李 連杰 〜ジェット・リー〜 主な出演作品

黄 飛鴻

黄 飛鴻
広東語: ウォン・フェイホン、中国語: ホワン・フェイホン、1847年 - 1924年

ジェット・リーの出世作と言える
『ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ』シリーズで演じているのが「黄 飛鴻」である。


武術家であり、医師。
元の名は黄錫祥、字は達雲、幼名を黄飛熊と名乗る。

原籍は広東省南海県(現仏山市)西樵嶺西禄舟村、嶺南武術宗師であり名医。

中国最後の王朝、清朝末期の時代に活躍した武術家で、
中国近代史上では最大の英雄とされる。

父であり「広東十傑」の一人に称された武術家・黄麒英の息子で、
父より、南派少林拳の一派である「洪家拳」をしこまれ、
少年期には父と修行の旅を続けるが、
その技は13歳の時には既にかなりの完成度であり、
「少年英雄」と称されていた。

成長した飛鴻は父と共に各地で武者修行を続けていたが、
1863年、父の死に伴い、父が広州仁安街で経営していた薬業店兼治療所兼道場(武館)である寶芝林を継ぎながら、
欧米列強の進出に伴い荒れる時代を予測して、
農民たちに武術を教えて自警団を率い、民間レベルで治安の混乱を防いだ。

やがて官軍や警察などにも同様に洪家拳を教授し、
動乱時代の国の治安維持に尽くした人物として現在も評価が高い。

さらに獅子舞の名手としても有名で、その技術の高さから「獅子王」という称号も持つ。

1925年没。
仏山市の中心地区にある祖廟の隣りに、
「佛山黄飛鴻紀念館」が作られ、家族の紹介、関連映画や武侠小説に関する展示などが行われている。

弟子たちは辛亥革命で活躍し、その師匠の名をより大きなものにした。

ジャッキー・チェンも『酔拳』シリーズで黄飛鴻を演じている。
ジャッキーがコミカルな黄飛鴻を演じたのと対照的に、
ジェット・リーは、正義感の強い高潔な武術家を演じている。

香港映画界では黄飛鴻を演じる事が一種のステータスであるようだ。
尚、黄飛鴻が酔拳を使ったという記録は全くない。

梁寛、林世榮など劇中に登場してくる弟子たちも実在の人物である。

「酔拳2」を監督した劉家良や、
弟の「少林寺三十六房」「キル・ビル」で知られるゴードン・リューことリュー・チャーフィー(劉家輝)は、直系の弟子にあたる。

タグ:黄 飛鴻

洪家拳 〜黄 飛鴻の武術〜

洪家拳。南派少林拳の最大門。

福建省の洪煕官が少林寺で学び創始したといわれる門派。
黄 飛鴻は近代洪家拳の宗師と言える。
現在行われている洪家拳の殆どが黄 飛鴻からの系統。

南拳北腿の言葉通り、船上で戦いを想定したという
腰を据えた低い姿勢で長短の手技と低い蹴りを多用する南派少林拳代表的門派。
途中、笑い声のような気合が入るが、呼吸法の一つである。
「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」に見られるような派手な動きはない
また、即効性と実戦性が高いことから、清朝末期の反政府秘密結社員の間で広まった。

黄飛鴻(ウォン・フェイフォン)とその弟子の活躍でその名が広まったが、
その黄飛鴻の活躍を描いた映画「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」で見られる派手な動きはない。
映画「少林寺三十六房」のオープニングでリュー・チャーフィーが行っているのが
実際の洪家拳の型の一つである「鉄線拳」を表演している。
タグ:洪家拳

無影脚 〜黄 飛鴻の代表的技〜

黄 飛鴻といえば無影脚と言われるほど有名な技であるが
詳細はいまだ謎の部分が多い。

「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・チャイナ」で
使われているような派手なものではなく、
「影も映らないほど速く巧みな蹴り技」ということであるようだ。

無影脚自体は黄 飛鴻が編み出した技ではなく
宋輝という武術家から黄飛鴻の鉄線拳と交換教授という形で習得したと言われている。
タグ:無影脚

SPIRIT スピリット

実在した中国武術の伝説的英雄「霍元甲」をモデルに、
老師でもある父の跡を歩もうとする男の生きざまを描いている。



孤独な主人公をリーが全身全霊の力で大熱演するほか、
相手役の日本人武術家には中村獅童が演じている。
武術の精神を、闘いで表現する彼らの対決のシーンは迫力である。



原題 FEARLESS/霍元甲
製作年度 2006年

霍元甲

霍元甲

映画『SPIRIT』の主人公。

霍元甲フォ・ユァンジャ、1857年 - 1909年 秘宗拳の達人。
清末、河北省静海県小河村出身。字は俊卿。
武術家の家系に生まれる。霍家七世。

霍家では代々家伝として秘宗拳(霍家では「迷踪藝」と称す)受け継いできた。
幼き頃は病弱のため非力で、「中途半端に会得しては身を滅ぼし家名を汚す」と父は武術を教えなかった。 
そのため父兄の武術練習を見学し、独学で功夫を身につけ、
ついには兄弟で最も実力をつけ認められて父より秘宗拳(別名は燕青拳・迷踪藝など)のすべてを伝授される。

義和団事件の際、置き去りにされたキリスト教徒たちを救う為に
単身、義和団に乗り込み頭目を倒した話は有名である。
この事件により「大侠・霍元甲」と呼ばれるようになった。

その後、日本人武術家との対戦で有名になった。
1909年には、上海精武体操学校(上海精武体育会の前身)を創設する。

霍元甲については、日本人武術家との試合に勝ったことで怨みを持たれ、
日本人医師・秋野によって毒殺されたとの逸話が広く知られているが、これは全くの俗説である。
霍の親族や現存する弟子たちの証言によると、
この試合はあくまでも友好的なもので過激な内容ではなく、
霍は持病の肝硬変により死亡したと証言されている。
当時の霍は生来肝臓を病んでいたことが知られており、「黄面虎」と呼び名されていた。

ブルース・リーの「ドラゴン怒りの鉄拳」や
そのリメイク版であるジェット・リー主演の
「フィスト・オブ・レジェンド」ではこの「日本人毒殺説」の逸話を題材にしている。
 
タグ:霍元甲

秘宗拳 (迷蹤芸、燕青拳)〜霍元甲の武術〜

「秘宗拳」

迷蹤芸、燕青拳とも呼ばれる。
多くの伝説がまつわる為に様々な名前で呼ばれている。
その一つが「水滸伝」の英雄、燕青によって広められたと言う伝説に由来した「燕青拳」。
少林寺に学んだ廬俊義が、燕青に伝え、燕青がこの武術を広めたという。

燕青拳だが、燕青は官憲から追われる謀反人であり革命の志士であったため、
門人はその名を冠す燕青拳を学ぶことで反動分子とみなされるのを恐れ、
「宗師の名を秘す」拳、すなわち「秘宗拳」と名を改めたという伝説が伝えられている。
しかし、真偽のほどは不明である。

その特徴は
動作が大きく、姿勢がはっきりとし、
俊敏な攻撃、と複雑な歩法を用い、
とりわけ蹴り技が多彩であることが特徴。

また、全ての動きに大きな変化をつけ、牽制を重視し、
絶え間なく複雑な変化により相手を幻惑し、
確実に攻撃する事を重視している。
その為に「迷蹤芸」とも称される。

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